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Francis Alys - Sometimes Making Something Leads to Nothing (1997)

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vent

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以前雑貨屋で見た親子のやり取りをひとつ。

どうしても欲しくて、頼んで頼んでようやくお許しをもらった少女が選んできたのは、何種類かの昆虫を象ったシールだった。
体の模様にはキラキラした加工がされている。
少女にはまるでダイヤモンドのように見えたのかもしれない。
期待に満ちた表情で母親の元へ持っていくと、商品を目にした母親は吐き捨てるように言った。

「女の子が虫なんてやめてよ。本当にセンスないわね。」

わたしはこの瞬間、いくつかの可能性が消えてしまったことを悟った。
まず、母親に自分の好きなものを否定されたこと。
これは少女が母親から与えてもらう愛情に限界を感じてしまったのではないかということ。
親が思うより子供は、言われた言葉の意味をよく理解し、心の奥にしみ込ませながら生きている。
たった一言と思うかもしれないけれど、ふわふわのスポンジみたいな心には深い傷ができてしまっただろう。

それから、虫が好きなのがいけないと言われたこと。
例えばこの子が本気で虫を追いかけ続けた場合、将来虫に携わる職業についていたかもしれない。
そんな大げさなところまではいかずとも、理科の授業が好きとか、虫取りをするのが上手いとかそんな未来があったかもしれない。

『女の子が虫なんてやめてよ。』と母親は言ったがなぜ女の子が虫を好きになってはいけないのか、私には正直わからない。
それより女であることに固定概念をもつ母親に、これから選ぶ物を否定され続けるのではないかと思うと胸が苦しい。

そしてセンスが無いと言われた事。これは特に可哀想だった。
自然界から生まれた昆虫の造形の美しさ、立体的でビーズを置いたような加工の細やかさ、これらに気づいた少女の審美眼はまちがいないと私は思っている。
事実あの商品は老若男女問わずヒットしている商品だった。

センスがないのは母親の方だ。
つまらない枠に捕われて、豊かな個性を毎日じわじわと全力で潰しに掛かっていることに気づいていない。だれか指摘してやって欲しい。
でなければ、少女の何もかもが塗りつぶされていくにちがいない。

もしあの子が母親の影響を受けても屈しない自我と勇気があるなら、それはとても幸せで、同時にとても孤独かもしれない。

だって家族に理解されないという事は世界の半分を失ったようなものだからだ。

結局あの子はバレリーナのシールを買ってもらった。

一つだけ好きなものを買ってあげると言われたのに

選んだのは母親だった。"

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